大山ゴマです。

当然のことのように購入してしまいました。
28号とシールが貼ってあったと思いましたが、値札とともに取られてしまいました。
ちなみに1365円でした。
ここでコマについていろいろと尋ねてみると、その時店番をしていた中年夫婦では解らないらしく、おじいさんを呼んでくれました。
片瀬ゴマについて聞いてみます。
まず入手可能なのかと・・・
するとおじいさんの顔はとんでもないと言うような表情に変わります。
おじいさん自身も、江ノ島あたりで作られていたということは知っているが見たことはないそうです。
今は製造されておらず残っているものも、ほとんどがかつて熊野幸太郎氏により再現された頃のもののようです。
確率として手に入れることは、不可能に近いようです

当然のことのように購入してしまいました。
28号とシールが貼ってあったと思いましたが、値札とともに取られてしまいました。
ちなみに1365円でした。
ここでコマについていろいろと尋ねてみると、その時店番をしていた中年夫婦では解らないらしく、おじいさんを呼んでくれました。
片瀬ゴマについて聞いてみます。
まず入手可能なのかと・・・
するとおじいさんの顔はとんでもないと言うような表情に変わります。
おじいさん自身も、江ノ島あたりで作られていたということは知っているが見たことはないそうです。
今は製造されておらず残っているものも、ほとんどがかつて熊野幸太郎氏により再現された頃のもののようです。
確率として手に入れることは、不可能に近いようです
目的の次段階として、現物をこの目で見るという方向になってきました。
そんな折一通のメールをいただきました。
横須賀に在住のMさんという方からのものでした。
”実は記事に書かれたような柄のコマを持っています。これが片瀬ゴマかどうかの確認をしたくてメールさせていただきました。”
このメールを受け取った時、期待に胸震えました。
ついに写真とはいえ片瀬に対面できるのか・・・
そして送っていただいた写真がこちらです。



写真では青みがかって見えますが、エメラルドグリーンのような色調だそうです。
だとすると片瀬である可能性はかなり高いと思われます。
ただ、確信を持って片瀬ゴマだと言い切ることができないのは、その形状故です。
もう少し扁平で幅広かった、あまり丸みを帯びたところがなかったと記憶しています。
(ただ大きさによりそのフォルムにも若干の違いがあったような気もするのですが・・・。)
このコマかなり遊ばれ、使い込まれたあとが見受けられます。
上面の傷はケンカゴマ遊びをした名残でしょう。
横や底面のささくれは、相手に転がされたりした際、コンクリート舗装でこすられたりしてついたものでしょう。
一概に片瀬は非常に丈夫で、つくりに粗雑なところがまったくありませんでした。
大山が’おもちゃ’らしく見えるのに対し、片瀬は小さくとも重厚であった印象を持っております。
私も片瀬ゴマの現物を最後に見たのが、30年以上も前の話で、すべてはあやふやな記憶にもとづいたものなのですが・・・。
返信メールで以上のような感想を述べた後、Mさんにお願いしてみました。 ”このコマを所有している次第”や、”コマの思い出、エピソード”など教えていただけないでしょうかと。
そしてすぐに返事をいただきました。
Mさんは以前玩具店をやっており、その時に大山ゴマは仕入れたことがあるそうです。
このコマは他の大山ゴマと一緒に鎌倉の骨董オークションにて手に入れたもので、 大山ゴマは処分してしまったそうですが、このコマだけ模様が違うので、手元に残しておいたものだそうです。
このコマ裏面にF7号と刻印されているそうです。
Mさん自身が購入し遊んだものでなかったのは少し残念でした。
直接の手がかりは得られそうにありません。
しかし手に入れた場所が鎌倉ということもあり、どの時代のものかは分かりませんが、これは片瀬ゴマのひとつである可能性は高いと思われます。
しかし私の記憶の中のあやふやな画像では、確実にそうであるとは言い難いのです。
その後図書館などを訪れ郷土資料のページをめくっていると片瀬ゴマについて言及するものがありました。片瀬ゴマというのは藤沢辺りの一部でつくられた、本当にローカル色の濃いものだったのだと実感されました。
またこのコマ自体確固たる定型を持っていたとは言いがたいようで、作者により、時代により様々に形を変えたようです。
事実テレビで見た、昭和50年代に熊野氏により製作されたものは、その色使いが私の記憶のものとはかなり違っていました。
そして更に調べてみると、ある場所に現物の片瀬が保存されているとの情報がありました。
数日後かなりの期待を込めてその施設を訪れたのですが、探していたものは見つかりませんでした。
生憎留守番役のシルバーの方しかおらず、展示物について詳しいことはわからないとのことでした。
しかしかつて、郷土の民芸品を集め展示していたことは在ったそうです。
少し遅かった・・・ということでしょうか。
小さな旅~片瀬ゴマを求めて。一連の記述はこれで終わりますが、
◆藤沢の片瀬ゴマを売っていた店の場所を特定すること。
◆現物の片瀬ゴマを拝むこと。
これは課題として残っています。
片瀬ゴマを求めるわたしの小さな旅はまだつづいています。

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そんな折一通のメールをいただきました。
横須賀に在住のMさんという方からのものでした。
”実は記事に書かれたような柄のコマを持っています。これが片瀬ゴマかどうかの確認をしたくてメールさせていただきました。”
このメールを受け取った時、期待に胸震えました。
ついに写真とはいえ片瀬に対面できるのか・・・
そして送っていただいた写真がこちらです。



写真では青みがかって見えますが、エメラルドグリーンのような色調だそうです。
だとすると片瀬である可能性はかなり高いと思われます。
ただ、確信を持って片瀬ゴマだと言い切ることができないのは、その形状故です。
もう少し扁平で幅広かった、あまり丸みを帯びたところがなかったと記憶しています。
(ただ大きさによりそのフォルムにも若干の違いがあったような気もするのですが・・・。)
このコマかなり遊ばれ、使い込まれたあとが見受けられます。
上面の傷はケンカゴマ遊びをした名残でしょう。
横や底面のささくれは、相手に転がされたりした際、コンクリート舗装でこすられたりしてついたものでしょう。
一概に片瀬は非常に丈夫で、つくりに粗雑なところがまったくありませんでした。
大山が’おもちゃ’らしく見えるのに対し、片瀬は小さくとも重厚であった印象を持っております。
私も片瀬ゴマの現物を最後に見たのが、30年以上も前の話で、すべてはあやふやな記憶にもとづいたものなのですが・・・。
返信メールで以上のような感想を述べた後、Mさんにお願いしてみました。 ”このコマを所有している次第”や、”コマの思い出、エピソード”など教えていただけないでしょうかと。
そしてすぐに返事をいただきました。
Mさんは以前玩具店をやっており、その時に大山ゴマは仕入れたことがあるそうです。
このコマは他の大山ゴマと一緒に鎌倉の骨董オークションにて手に入れたもので、 大山ゴマは処分してしまったそうですが、このコマだけ模様が違うので、手元に残しておいたものだそうです。
このコマ裏面にF7号と刻印されているそうです。
Mさん自身が購入し遊んだものでなかったのは少し残念でした。
直接の手がかりは得られそうにありません。
しかし手に入れた場所が鎌倉ということもあり、どの時代のものかは分かりませんが、これは片瀬ゴマのひとつである可能性は高いと思われます。
しかし私の記憶の中のあやふやな画像では、確実にそうであるとは言い難いのです。
その後図書館などを訪れ郷土資料のページをめくっていると片瀬ゴマについて言及するものがありました。片瀬ゴマというのは藤沢辺りの一部でつくられた、本当にローカル色の濃いものだったのだと実感されました。
またこのコマ自体確固たる定型を持っていたとは言いがたいようで、作者により、時代により様々に形を変えたようです。
事実テレビで見た、昭和50年代に熊野氏により製作されたものは、その色使いが私の記憶のものとはかなり違っていました。
そして更に調べてみると、ある場所に現物の片瀬が保存されているとの情報がありました。
数日後かなりの期待を込めてその施設を訪れたのですが、探していたものは見つかりませんでした。
生憎留守番役のシルバーの方しかおらず、展示物について詳しいことはわからないとのことでした。
しかしかつて、郷土の民芸品を集め展示していたことは在ったそうです。
少し遅かった・・・ということでしょうか。
小さな旅~片瀬ゴマを求めて。一連の記述はこれで終わりますが、
◆藤沢の片瀬ゴマを売っていた店の場所を特定すること。
◆現物の片瀬ゴマを拝むこと。
これは課題として残っています。
片瀬ゴマを求めるわたしの小さな旅はまだつづいています。
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