西田敏行様
幾多の素晴らしい作品ありがとうございました。ご冥福をお祈り致します。
かつては池中玄大から最近ではドクターXでの院長やら、釣りバカシリーズなど素晴らしい演技はあまるほどあるのですが、個人的に妙に印象に残る作品がありました。
西田巨匠はここでは脇役。この映画の作り方が今ひとつ良くないので、名作にはどうあっても届かないのですが放浪のなれの果て、朽ちて行く様を見事に演じてくれました。(原作の漫画は素晴らしいそうです。)

映画作品の方ですが視点は死体を発見した市役所職員のものであるし、「”お父さん”と犬の絆そして死」それこそが作品のモチーフの核であることを考えれば致し方ないかもしれませんが、西田さんが演じる”お父さん”が北海道の原野で朽ちるまで、そこに至る必然性が描かれていないという点に浅さを感じてしまいます。
現代日本社会で”普通に”生きていれば”遊牧民”になることはまずないでしょう。車を住処とし各地で仕事をしながら放浪を続ける。それは日本においては”個人的”趣味的”な暮らし方あるいは変人による奇異な行動と受け止められることが多いのでしょう。しかしお父さんはその選択をし、放浪を続けることで自ら死に至った。こういう選択をせざるを得なかった社会背景、暮らし、心情そういう人間存在の核とでも言うべき命題には触れていないのです。
その点オスカー受賞の作品は少し違います。
リーマンショックに端を発する未曾有の経済危機が全世界を襲った。その影響はリタイア世代にも容赦なく降りかかり、多くの高齢者が家を手放すことになった。家を失った彼/彼女らは自家用車で寝泊まりし、働く口を求めて全米各地を動き回っていた。専門職での経験があったとしても、それを活かせるような職がほとんどなく、安い時給で過酷な肉体労働に従事するほかなかった。彼らを称し「現代の遊牧民(ノマド)」と呼ぶようになった。
主人公ファーンもその一人。ネバダ州のエンパイア(英語版)で臨時教員をやっていたが、工場の閉鎖で街の経済が大打撃を受け、そのあおりで彼女も家を手放す羽目になった。途方に暮れたファーンだったが、彼女の選んだ道は自家用車に最低限の家財道具を積み込み、過酷な季節労働の現場を渡り歩くことだった。その過程で、ファーンは同じ境遇の人々・自尊心と互助の精神を保持し続けていた”現代のノマド”達と交流を深めていく。
大きな反響を生んだ原作ノンフクションをもとに、そこで描かれる実際のノマド達と、今を生きる希望を広大な西部の自然の中で探し求めるロードムービー。

遠いところへ行きたい、どこか遠いところへ
退職した。断捨離と称して身の回りのものを少しずつ捨てつつある。
古屋を購入しリノベしつつ暮らしている。
今の自分にノマド生活が出来るかと自問してみる。
この家がそこそこ?完成すれば放浪に出てもいい気がする。
でもそれは根底に帰る場所があるから出来る冒険であるという前提がある。
ノマド達はそうではない。帰る場所はない。居所は車という移動する箱しかない。
所有するもの、心の重荷、経済的不安などそういうすべてを放擲してこそ得られるものがある。
しかしじぶんはまだその段階にはない。
実行したとしてもおそらくノマドにはなれないんだろうな。お父さんになって放浪の果てどこかで野垂れ死ぬのが関の山でしょう。
長いのでつづく


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