Cuernavaca

神奈川県南西部 食と生活

仁義礼智信

baytrail
~サンフランシスコ郊外のサイクリング道路での通行方法をあらわした看板を撮影しました。
中央に舗装された部分があり、自転車が右側通行ですれ違います。
その両脇には未舗装部分があり、ここは歩行者、ジョガー、馬(?)の通行する場所です。舗装部分の右側を進行していきます。
サンフランシスコ・ベイエリア地区は、アメリカの中でもとりわけ健康に対する関心の高い者が多く住む都市であるので、朝や夕この一帯の自転車乗り・ジョガーはここに集まり、一種の交通渋滞をつくり出します。
そんな場所であるからこそ、このような’レギュレーション’が不可欠なのでしょう。
また、訴訟社会といわれるこの国で、もしここで接触による事故が発生した場合も考慮するならば、明確な通行区分はなくてはならないものなのでしょう。
tuukoukubunn
~私が考える理想の通行区分です。
内側から車、自転車、歩行者となっていて、それぞれ左側通行ですれ違います。
しかし現実は、理想とは常に違った形で現れます。
歩道を広く取り、自転車と歩行者の通行区分帯を設けても、なかなかその有益性が認識されることはないようです。
byouinn
欧州でも特に自転車を利用する人が多い国、オランダ、ベルギー、ドイツなどにおいては、自転車の通行区分が明確に規定されており、専用の信号まであるほどです。
道における通行区分という思想を持たない日本人が、かの地に行った際陥りやすいのが、歩行者として、自転車専用区分帯を歩いてしまうことです。
現地で暮らす人であれば、自転車専用の通行帯に歩行者が踏み入ることは、いつ自転車に轢かれてもおかしくない、また非は踏み込んだ歩行者にあるということを熟知していますが、この歩行者と自転車の棲み分けという考え方は、、日本ではほとんど認知されていないため、平気で自転車レーンを歩き、そして事故に遭遇しています。

~まだ続く

hiratuka2
日本の、通行区分を実践しているみちのひとつです。 しかし、果たして何人の人が、この区分どうりに通行しているのでしょうか。 これは、行政が住民への啓蒙なきまま、形ばかりの体裁を整えた結果であるような気がします。
人々が混乱なく、スムースに、安全に通行すると望むなら、まずは、正しい通行方法を各自が認識するべきです。それは個人の尺度の入り込む余地のない、明確な秩序を教育することです。
fujisawa
~歩道の一部に線を引いて、自転車通行用のレーンとするのではなく、 欧州のように完全に分けて作るべきです。日本においても上のような区分が増えつつあります。
hiratuka
~歩道の整備、見直しも求められます。
上の写真の歩道部分は、歩行者の安全のためには、がちがちの柵でもつけてりゃいいだろう、なんていう感じで、やっつけたんでしょうが、こういう歩道にいったん乗り込んでしまった自転車は、対面から来た歩行者をよけるために車道に出ることもできず、一部の無茶な人種は歩行者を蹴散らしてまで、走破してしまうという暴挙に出ることになります。
自転車通行可となっているわりには、すれ違うのさえちょっと困難ではないかと思えるほどの狭さです。
こんな配慮のない道は、例を出せばきりがないくらいたくさんあります。
tigasaki
~歩道は人一人分の幅しかなく、車道は狭く大型車がすれ違うのがやっと。
こんな道にもかかわらず、幹線となっているため、通行量がやたらに多い。よくある日本の道の典型です。危ない道であるといつも思っていましたが、やはり事故がおきてしまいました。
jikotigasaki
~左側歩道を通行していた自転車が、前方の歩行者を避けようと後方確認もせずに、車道へと膨らんだ結果でしょうか。
jitennshahidari
~自転車に乗る者も、歩道ではなく、車道の左側を通行すべきです。
車道を走って車に迷惑ではないのか、そんな心配はできればしないほうがいいのです。
まずは交通弱者、歩行者に対する配慮のほうが重要です。
そして車は、自転車、歩行者に注意を傾ける。
強きものが弱きものに配慮する。これは世界的な常識です。(一部例外国あり。)
ただ、自転車が車道を走るといっても、違法駐車があまりにも多いので、なかなか難しいのですが。
車に関しては、法的な規制が適応され、違反に際しては罰則が適応されるため、問題は多いもののそれなりに流れているようですが、現在自転車に関しては、実際はほとんど野放し状態になっていることは否定できません。
法的には規制のあるもののさる筋の怠慢により、ほとんど野放し状態になっています。
jiko
車のみならず、自転車と歩行者の事故も増えています。
自転車は道路交通法上、軽車両と分類されますが、その事故に関しては、罰が課せられることもあるのです。車のように保険でカバーできないだけ、より厄介かもしれません。

法なり条例なりそれをつくった時には、施行され有効である時、理想的なかたちであるように、思い描かれていたのだと思いますが、「しかし現実は・・・」などというケースが多すぎます。
個人の事情であったり、行政側の斟酌であったり、例外がこうも多いと何が本当なのかわからなくなります。われわれ一人一人の、交通法規の認識と、それに則した道路環境の整備、これは急務ではないでしょうか。

↑このページのトップヘ