Cuernavaca

神奈川県南西部 食と生活

創作

少しずつ日は翳り、遠くの山に近づいてゆきます。
風が森を揺らしはじめると、涼風を運んできます。
夏の日は沈むかに見えて、なかなか沈まず、夕暮れがいつまでも続きます。
そして少し淋しげなのは、なぜでしょうか。

野良犬の運命は僕らにもわかっていました。
後ろに檻のついたトラックから、作業服を着た人が網を持って降りてくる。
野犬を追い回し捕らえると、檻にいれ保健所に連れて行くのだ。
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「このままだと保健所にいっちゃうのかな」
「そうだよ、野良犬だからな。そして毒で殺されちゃうんだ」
僕らは話しながら、箱を隠した草むらまできました。
うまく隠してあるので、遠くからは箱があるように見えません。
あれっ、確かにここに隠したはずなのに・・・
箱が見当たりません。場所を間違えたわけではありません。
草むらには確かに箱を置いた痕跡を残すかのように、草がなぎ倒されたあとが残っていたから。
遅かったのです。
時間にしてほんの一時間くらいのことだったのに、
誰かが発見して、保健所に通報し、もう子犬たちは連れ去られてしまったに違いありません。
しばらくは口も利けませんでした。動くことさえできませんでした。
僕らは無力でした。
脱力感、悲しみがこみ上げ、それは怒りに似た感情に変わっていきました。

重い足を引きずり、森をあとにし建物の敷地を横に見ながら、
帰ろうとしていたところ、ふらふらと転げるように茶色い塊が次から次へと5匹固まって、<br>
「ジムだ!ジョンだ!」
「ジュンだ!ネネだ!」
もうたまらず駆け寄りました。子犬のあとからは、
一人のおじさんがついてきていました。
「何だよ、名前までついてるのか。お前らの犬か。」
ちょっと怖そうな人でした。背は高くないけど、筋肉盛りもりで、顔は陽に焼けていて傷がありました。短い髪はパンチパーマというものでしょうか。
僕らが黙っていると、おじさんは自分の風貌が僕らを威嚇していると思ったのでしょうか、
笑顔を見せてまたたずねました。
「お前らの犬なのか。捨て犬かとおもったぞ。」
そんなに怖い人でもないかも、
笑うと目じりにしわがより、小さな目がなくなってしまうようです。
僕が代表して答えます。
「僕らもさっき発見したんです。うちで飼おうと思って・・でもうちは団地だから、飼っちゃいけないんです。飼う場所はまだ決まっていません。」
保健所でなくてよかった。なんとか子犬が生存しているとわかった今、どこでもいいから飼わなくちゃ。そう思っていました。
「飼う場所がないのか。」
「はい」
「ならここで飼えよ。犬小屋建ててやるよ。」
おじさんは事もなげにそういいました。
「えーっ。ここで。」
「いいの。」
僕も、あづちも同時に答えました。
「おう。俺も社長も犬好きだからよ。お前らが飼うんなら、ここで飼え。ちゃんとえさやるんだぞ。」
「うん」
「それとな、今日はもう遅いから犬は建物の中に入れておくぞ。さっきミルクもやったから、おなかは減っていないだろう。俺も帰るから、お前らも今日は帰れ。」
「はい。明日学校が終わったらすぐ来ます。」
「おう。いいよ。犬小屋作らなきゃな。」
転げまわるように出てきた子犬は、再び僕の足にすがりつき、靴下をかんできます。
子犬を育てる。なんと興奮すべきことでしょうか。
僕はしばらく、じゃれ付く子犬たちの重みを両足に感じていました。<
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森の方角から、夕闇は次第に押し寄せ、西の空を残し、僕らの周りも包み込んでいきます。
風は俄かにやみ、この敷地にいつも立ち込めている機械油のようなにおいが戻ってきました。
後に犬達を、そしてこの敷地を思うときこのにおいはいつも去来するもののひとつとなりました

「俺はヤス」とおじさんは言いました。
作業着の腕の部分には「山田」と縫い付けられていました。
犬小屋を作る材料は僕と、あづちで集めてきました。
団地の郊外に少しずつ家が建ち始めていたので、そんな建築中の家のところに行き、大工さんに話すと
その辺に落ちている板や角材をもてないくらい、ただでくれるのです。
ヤスさんは道具を貸してくれ、僕らに技術的な指導をしてくれました。
犬たちが快適に過ごせるように、底を少し浮かして組み立てたり、ただ釘で打つのではなく、木と木を組み合わせて強度を増したり。
入り口の大きなベニヤを丸く切るところだけは僕らにはできなかったので、ヤスさんにやってもらいました。糸鋸を持ち出し、切った後やすりをかけ、そして入り口を本体にうちつけ、ペンキを塗り、やっと犬小屋は完成しました。

首輪の代わりには麻紐を巻きました。
給食の牛乳の残りを集めビンから大きな水筒に移し
もって行きました。

そんな風に過ごすうち3年生の夏休みがやってきました。
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あさ、眠い目をこすりながらラジオ体操に出かけます。
人気のない校庭は、少し霞がかかったようで、まだ少し涼しさが残っています。
やがて人々が集まり、ラジオ体操第2が終わる頃には暑さも戻ってきます。
僕らは家に戻り朝食を済ませると、森の入り口に直行します。
犬たちを見ていて面白いことに気がつきました。
どの犬も少しずつ配置は違うものの、同じような模様なのですが、その性格は明らかに違うものです。
僕のいぬ、「ジム」は最初に見つけたとき、僕の指をいつまでもかんでいたやつです。
体力は少し劣るものの、好奇心が旺盛で、すばしっこくまた落ち着きのないやつです。
体力的に一番強く、けんかをしても一番強いのがあづちの犬「ジョン」です。
ミルクをあげても一番真ん中に陣取り、大きなボウルの中のミルクをむさぼっています。
メスの「ジュン」と「ネネ」はおっとりしていました。でも性根が座っているというのか、根性があるというのか、「ジョン」にちょっかいを出されても、少しも動じるところがなく、えさの奪い合いでは主役を演じていました。
ちょっと心配なのが、もう一匹のオス「ポール」でした。
「ポール」は気が弱く、えさにありつくにもいつもいち番最後。
なでようとすると、すぐおなかを仰向けにして、寝転んでしまいます。これは服従の合図です。
犬たちが少しずつ成長してくると、「ポール」だけ明らかに一回り小さいのでした。

この時期僕らを悩ませたもの、それは子犬たちのえさに関することでした。
学校のあるうちは、給食の残りの牛乳を与えていましたが、夏休みに入るとそれもなくなります。
小池先生に相談してみました。
「目も見えていて、音に反応するのならもう生まれてから一ヶ月くらいはたっているようだね。そろそろ”離乳期”といって硬いものを食べるようになるから、ミルクと混ぜて肉かなんかあげなければいけないんだ。ところで君たち、残った牛乳を上げてたの。」
ヤスさんが牛乳を上げてたから、それをまねていました。
「ほんとはね、牛乳は子犬には余りよくないんだ。下痢の原因になる。子犬には、子犬用のミルクがあるんだけれど、すごく高いしね。」
そういえば「ポール」だけいつも食欲がなかったような気がします。
どうも僕らは、あまり犬について知らぬまま育てようとしていたことに気がつきました。
ポールが弱っているのも、僕の責任です。

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