Cuernavaca

神奈川県南西部 食と生活

想い出

僕の家の近く。
3街区のはずれ、クヌギの森が始まるその入り口に、ひとつポツンと建物があリました。
周りを囲うトタンは錆つき、穴が開き、伸び放題になった雑草やら、山芋のつるやらが絡みついていました。一部分はちょうど車一台が通行できるくらい開いており、そこからのぞける建物自体はプレハブというものでしょうか、広さは六畳間二つ分ぐらいでしたが、敷地はかなり広く、僕が住む団地ちょうど一棟分ぐらいの面積はありました。建物の中からはいつも金属を打ち付けるような音が漏れていたので、何かを組み立てる作業所のようなものだったのでしょうか。中を覗いたことは無かったのでよくわからなかったのですが、時を経てその建物が解体され整地され住宅に変わった姿を見て、果たしてかつてどういう産業が行われていたのかもはや知るすべはありませんでした。当時僕らがこの場所に興味を抱き、一時期僕らの遊びの中心に組み込まれた要素は、この広い敷地のほうにこそあったのです。
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小学3年生。学校では給食が終わり、掃除を済ませると下校の時間です。もうすぐ夏休み。陽はどんどん長くなり、まだ遊ぶ時間は十分にあります。
 同じクラスのあづちは僕と同じ街区、僕の向かいの棟に住んでいます。今日ふたりは家に帰る前に寄り道をしてクヌギの森へいこうと話し合っていました。僕らにとってこの森は遊びの中心舞台です。無限に広がっているようで、行っても行っても果てがないかのようです。昨日は”かぶとの木”を通り過ぎてしばらく進んだあたりで、急に木々がまばらになりそして突然視界が開け、一面にクローバーが繁茂している場所に到達しました。そこで4つ葉のクローバを探し、やがてそれに飽いてしまうと寝転び、仰向けになって空を眺めていました。
回りの森でまあるく切り取られた青い空には、やけに白くくっきりとした雲が浮かび、
視線のはるか遠くを、輪を描くようにひばりが滞空していました。
さえずりながら、時に下降しまた上昇する。突然の闖入者に対し警告を発し、威嚇しているのでしょうが、それは見ていて飽きないものでした。
今日はその先まで行ってやろう。平原から先にはさらに未知の森が始まっており、ひょっとしたら素晴らしいクヌギの老木にめぐり合い、かぶとやくわがたが一杯群れているかもしれない。

学校の門をでて、かばんを持ったまま家とは反対に左に折れ、あづちと一緒に森へ向かいます。
「きょうはよー、クローバーの野原の先まで行くべ。」
あづちは僕より一回り背が高く朝礼の並び順でも後ろから2番目。
大きな歩幅で、ぐんぐんと進み僕を振り返ってそういいました。
「だったら急がなきゃ」
僕は彼に追いすがるように歩調を速めます。
いつしか僕らは走り始めていました。
未知なる森は僕らをひきつける強力な磁石です。
背の薄っぺらなランドセルから、カタカタと一定のリズムで響く音。
教科書やノートなど入っていない。筆箱の中で鉛筆がただ揺れる。

いつもなら道筋のあらゆるものにちょっかいを出し、寄り道ばかりしている2人が、今日はものの5分もかからず、森の入り口に到着しました。
今日は気合が違う。さあ、くぬぎの森だ。一気にクローバーの平原まで行き、未知の森を目指すんだ。
そんなやる気に満ち溢れています。

入り口にある建物からは今日も金属を打ち付ける音が響いています。
いつもなら何の関心も払わず通り過ぎてしまう場所ですが、入り口脇の細い獣道を駆け抜けようとした時、ぼくは草いきれにむせ、少し歩調を緩めました。
その刹那・・・いつもはそこにないものが目に付きました。
~つづく~

「あづち。ちょっと待って。」
「何だよ、早く来いよ。健。」
「あの建物の入り口見てみろよ。」
あづちはまさに森に分け入ろうというところで振り返ります。
「早く行かないと日が暮れちゃうぜ。」
「いいから・・・ちょっとこっちに来てみ。」
少し秘密めかすように声の調子を落として、あづちを促します。
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温州みかんと書かれた丈夫な段ボール箱。
外側には汚れが見当たらず、今まさに何者かが置き去ったばかりという様相です。
”どうしても中を見たい”箱を見ているうちに、だんだんとそんな気持ちが芽生え、押さえられなくなってきました。
しばらくふたりで箱を見下ろしていました。

前にそんな箱をゴミ捨て場で見つけたことがあったっけ。
中には英語で書かれた多くの手紙、そして底部には目にも刺激的な写真集が・・・
文字は英語、写真はノーカットといわれる類のもの。
初めて見ました。
(写真集はその時同行した兄貴の仲間で、ボスのタイチが独り占めしてしまったので、僕もあづちも一瞬しか見れませんでした。)

またあんな箱かもしれない。
そういえば前は、きゅうりの箱だった。
外観もよく似ている。

「もしかして・・」
「そうかもな」
「健。お前見つけたんだからお前開けろよ」
「う~ん」
頷いてはみたものの、少し怖い気もします。
また写真集なんか出てきた日には、僕らの手に余ります。
といってこのままうち捨て、ほかの人に持っていかれるか、雨ざらしのまま朽ちさせてしまうのは惜しい。ちょっと中をのぞいてみて、後はタイチにあげるのがいいのかな。
誉められるだろうし・・・
その時手を出しかねていたあづちがかるく箱を蹴りました。
「わぁっ」
蹴るなり僕もあづちも飛び退きました。
箱は蹴られた後小刻みに震え、しかしその震えはやまずに、むしろだんだん大きくなって行きます。
中からはかさかさという音も聞こえます。
何か生きているものが、箱の中に入っているようです。
「何だろう、犬かな。猫かな。」
「ひよことかにわとりかもしれない。」
僕はあづちを促します。
「あけてみる?」
「うん。」
そう答えたもののあづちはためらっています。
まさか蛇とかねずみが入っていることはないだろう。
ここは、箱を見つけた僕が開ける番だな。
僕は覚悟を決めると、あづちに箱の下を押さえてもらい、互い違いに封をされた上部の一端を
力いっぱい引きました。
硬いダンボールのふたは4辺が勢いよくはじけ、開き、一瞬にして中身があらわになりました。
光を浴びた中の生物は一斉にうごめき始めます。
「犬だ!!」
「捨て犬だよ」
子犬が5匹。茶色に黒のぶちが混じり特定の犬種ではないようです。
僕らが手を差し出すと、それをめがけていっせいにじゃれ付いてきます。
僕の指は、一番活発なやつにかまれてべちょべちょ。
「名前つけようぜ」
「じゃぁこいつはジム。こいつはジョン。こっちのはポール。」
「メスはジュンとネネだな。」
一匹抱き上げてなでてみます。
白いおなかはぽこっと出っ張り、ぷよぷよしてます。 
耳は折れ曲がっていて、目の上にはちょうど眉毛のように黒い模様があり、
そこにまつげのように毛が生えています。
かわいい。すごくかわいい。ずっと撫で回していたい。
僕とあづちとでかわるがわる子犬たちを抱き上げ、じゃれ付くままに遊ばせ、そうやって一時間ほども戯れていたでしょうか。
僕らはこの素晴らしい宝物を、さてどうしたものか、現実に立ち返ったのです。

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