Cuernavaca

神奈川県南西部 食と生活

想い出

「犬どうする。」
「どうするって、もっていけないしな。」
「どっかで飼えないかな。」
「健のとこも、おれんとこも団地だからな。」
学校自体、団地の子供が増えたため、新設されたものです。
ほとんどの子供は団地住まいでした。
「山沢んちならどうだろう。」
同じクラスで一軒家に住み、庭が広いところで思いつくところはそのぐらいしかありません。
「山沢のとこだといつも行くわけにはいかないしな。」
「俺もあそこ好きじゃない」
近隣の農家なのですが、気のふれた老婆がいるというので、皆なんとなく避けていたのです。山沢も時々一緒に遊ぶのですが、家にあがったことは一度もありませんでした。
広い庭には大木がいくつも茂り、いつでも暗く、農機具が散乱し、かやぶき屋根の大きな家は、例え噂話がなかったとしても、少し不気味なものでした
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僕らはもうこの犬たちに魅せられていました。
こうして撫で回し、抱き上げていると必死になってすがってくる力強さ。
この健気さに抗うことなど到底できそうにありません。
何とかしてこの犬を育てたいという思いが二人に芽生えていました。
だが考えても名案は浮かびません。
「とりあえず、母さんに言ってみるよ」
「おう、俺も行く」
あづちは僕に従いました。

箱にふたをし、森の入り口の草むらに、隠すように移動させ、僕らは団地へ向かいました。
僕の家へ行き、母に子犬のことを話すと、「放っておきなさい。」とただそれだけ。
飼うなんてとんでもないという口ぶりです。
あづちの家は両親が働いているので、今の時間はいません。
僕らは次に学校へ行き、担任の小池先生に話してみました。
「学校では鶏とかウサギとかを飼っているけど、犬や猫は飼えないんだ。安易な気持ちで生き物を飼うのは、飼われる動物にとっても不幸なことだよ。えさを与えたり、散歩させたり、世話をすることはすごく大変なんだ。飼う状況が整っていないのに飼うなら、いろいろと無理も出てくる。そのうち犬を飼うことの興味も薄れ、放ったらかしになってしまうかもしれない。動物への愛情が本当のものなのか、ほんの気まぐれかよく考えてごらん。」
先生は長い顔にやさしい微笑を浮かべながら、僕らにそういいました。
僕らはとぼとぼと、また森へ向かいました。
頭ごなしに否定するのでは無く子供にもわかるように説明してくれる。先生の言うことは正しいのだとわかっていました。
でも今はあの犬がすごく好きだ。どんなに苦労しても、どうしても育てたい。先のことなんかわからない。ずっと犬が好きであり続けるか、そうでないかなんて。
僕らは相変わらず名案も浮かばないまま、また森の入り口まで来てしまいました。

少しずつ日は翳り、遠くの山に近づいてゆきます。
風が森を揺らしはじめると、涼風を運んできます。
夏の日は沈むかに見えて、なかなか沈まず、夕暮れがいつまでも続きます。
そして少し淋しげなのは、なぜでしょうか。

野良犬の運命は僕らにもわかっていました。
後ろに檻のついたトラックから、作業服を着た人が網を持って降りてくる。
野犬を追い回し捕らえると、檻にいれ保健所に連れて行くのだ。
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「このままだと保健所にいっちゃうのかな」
「そうだよ、野良犬だからな。そして毒で殺されちゃうんだ」
僕らは話しながら、箱を隠した草むらまできました。
うまく隠してあるので、遠くからは箱があるように見えません。
あれっ、確かにここに隠したはずなのに・・・
箱が見当たりません。場所を間違えたわけではありません。
草むらには確かに箱を置いた痕跡を残すかのように、草がなぎ倒されたあとが残っていたから。
遅かったのです。
時間にしてほんの一時間くらいのことだったのに、
誰かが発見して、保健所に通報し、もう子犬たちは連れ去られてしまったに違いありません。
しばらくは口も利けませんでした。動くことさえできませんでした。
僕らは無力でした。
脱力感、悲しみがこみ上げ、それは怒りに似た感情に変わっていきました。

重い足を引きずり、森をあとにし建物の敷地を横に見ながら、
帰ろうとしていたところ、ふらふらと転げるように茶色い塊が次から次へと5匹固まって、<br>
「ジムだ!ジョンだ!」
「ジュンだ!ネネだ!」
もうたまらず駆け寄りました。子犬のあとからは、
一人のおじさんがついてきていました。
「何だよ、名前までついてるのか。お前らの犬か。」
ちょっと怖そうな人でした。背は高くないけど、筋肉盛りもりで、顔は陽に焼けていて傷がありました。短い髪はパンチパーマというものでしょうか。
僕らが黙っていると、おじさんは自分の風貌が僕らを威嚇していると思ったのでしょうか、
笑顔を見せてまたたずねました。
「お前らの犬なのか。捨て犬かとおもったぞ。」
そんなに怖い人でもないかも、
笑うと目じりにしわがより、小さな目がなくなってしまうようです。
僕が代表して答えます。
「僕らもさっき発見したんです。うちで飼おうと思って・・でもうちは団地だから、飼っちゃいけないんです。飼う場所はまだ決まっていません。」
保健所でなくてよかった。なんとか子犬が生存しているとわかった今、どこでもいいから飼わなくちゃ。そう思っていました。
「飼う場所がないのか。」
「はい」
「ならここで飼えよ。犬小屋建ててやるよ。」
おじさんは事もなげにそういいました。
「えーっ。ここで。」
「いいの。」
僕も、あづちも同時に答えました。
「おう。俺も社長も犬好きだからよ。お前らが飼うんなら、ここで飼え。ちゃんとえさやるんだぞ。」
「うん」
「それとな、今日はもう遅いから犬は建物の中に入れておくぞ。さっきミルクもやったから、おなかは減っていないだろう。俺も帰るから、お前らも今日は帰れ。」
「はい。明日学校が終わったらすぐ来ます。」
「おう。いいよ。犬小屋作らなきゃな。」
転げまわるように出てきた子犬は、再び僕の足にすがりつき、靴下をかんできます。
子犬を育てる。なんと興奮すべきことでしょうか。
僕はしばらく、じゃれ付く子犬たちの重みを両足に感じていました。<
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森の方角から、夕闇は次第に押し寄せ、西の空を残し、僕らの周りも包み込んでいきます。
風は俄かにやみ、この敷地にいつも立ち込めている機械油のようなにおいが戻ってきました。
後に犬達を、そしてこの敷地を思うときこのにおいはいつも去来するもののひとつとなりました

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