Cuernavaca

神奈川県南西部 食と生活

掌編

「俺はヤス」とおじさんは言いました。
作業着の腕の部分には「山田」と縫い付けられていました。
犬小屋を作る材料は僕と、あづちで集めてきました。
団地の郊外に少しずつ家が建ち始めていたので、そんな建築中の家のところに行き、大工さんに話すと
その辺に落ちている板や角材をもてないくらい、ただでくれるのです。
ヤスさんは道具を貸してくれ、僕らに技術的な指導をしてくれました。
犬たちが快適に過ごせるように、底を少し浮かして組み立てたり、ただ釘で打つのではなく、木と木を組み合わせて強度を増したり。
入り口の大きなベニヤを丸く切るところだけは僕らにはできなかったので、ヤスさんにやってもらいました。糸鋸を持ち出し、切った後やすりをかけ、そして入り口を本体にうちつけ、ペンキを塗り、やっと犬小屋は完成しました。

首輪の代わりには麻紐を巻きました。
給食の牛乳の残りを集めビンから大きな水筒に移し
もって行きました。

そんな風に過ごすうち3年生の夏休みがやってきました。
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あさ、眠い目をこすりながらラジオ体操に出かけます。
人気のない校庭は、少し霞がかかったようで、まだ少し涼しさが残っています。
やがて人々が集まり、ラジオ体操第2が終わる頃には暑さも戻ってきます。
僕らは家に戻り朝食を済ませると、森の入り口に直行します。
犬たちを見ていて面白いことに気がつきました。
どの犬も少しずつ配置は違うものの、同じような模様なのですが、その性格は明らかに違うものです。
僕のいぬ、「ジム」は最初に見つけたとき、僕の指をいつまでもかんでいたやつです。
体力は少し劣るものの、好奇心が旺盛で、すばしっこくまた落ち着きのないやつです。
体力的に一番強く、けんかをしても一番強いのがあづちの犬「ジョン」です。
ミルクをあげても一番真ん中に陣取り、大きなボウルの中のミルクをむさぼっています。
メスの「ジュン」と「ネネ」はおっとりしていました。でも性根が座っているというのか、根性があるというのか、「ジョン」にちょっかいを出されても、少しも動じるところがなく、えさの奪い合いでは主役を演じていました。
ちょっと心配なのが、もう一匹のオス「ポール」でした。
「ポール」は気が弱く、えさにありつくにもいつもいち番最後。
なでようとすると、すぐおなかを仰向けにして、寝転んでしまいます。これは服従の合図です。
犬たちが少しずつ成長してくると、「ポール」だけ明らかに一回り小さいのでした。

この時期僕らを悩ませたもの、それは子犬たちのえさに関することでした。
学校のあるうちは、給食の残りの牛乳を与えていましたが、夏休みに入るとそれもなくなります。
小池先生に相談してみました。
「目も見えていて、音に反応するのならもう生まれてから一ヶ月くらいはたっているようだね。そろそろ”離乳期”といって硬いものを食べるようになるから、ミルクと混ぜて肉かなんかあげなければいけないんだ。ところで君たち、残った牛乳を上げてたの。」
ヤスさんが牛乳を上げてたから、それをまねていました。
「ほんとはね、牛乳は子犬には余りよくないんだ。下痢の原因になる。子犬には、子犬用のミルクがあるんだけれど、すごく高いしね。」
そういえば「ポール」だけいつも食欲がなかったような気がします。
どうも僕らは、あまり犬について知らぬまま育てようとしていたことに気がつきました。
ポールが弱っているのも、僕の責任です。

「子犬用のミルクか。」
「1000円位するらしいぞ。」
「うちじゃとても買う金はないな。」
そういいながら、僕はある策略を頭に描いていました。
僕達にお金がないなら、ある所から出してもらうしかない。
大人にたいしては’犬のために特別なミルクが必要だ’などと言い含めることは、とてもできそうにありません。ヤスさんに言ってみても無理だとは思いました。
こうなったら、同級生で、お金のあるやつを仲間に引き込むしかないかな・・・
「一組の矢島をなかまにいれようか。」
「やじまかぁ」
「あいつにも犬を一匹任せれば、かわいくてしかたなくなって、ミルクなんかわけもなく買ってもらえるぞ。」
我ながらずるがしこいやり方だとは思いましたが、この素晴らしい体験をみんなで共有する。
それが悪いはずはありません。
「そういうことか。」
あづちは少し歯切れが悪い。彼のような御山の大将には、矢島のような’坊ちゃん’は、一番受け入れがたいタイプなのですから。
「そうだな・・・健のいう方法しかないな。」
あづちもしぶしぶ僕に賛成してくれたようです。

あとは子犬たちの離乳期に備え、肉をどうするか。
駅前には大きな肉屋がありました。
買い物のお使いを頼まれる時は、いつもここに来ていました。
店先のグリルのケースの中には、鶏が今まさに首を落とされ、羽をもがれたばかりのように、あぶられながらぐるぐると回っています。
えもいわれぬ香ばしいにおいがいつもあふれ、、少し高級なものを扱っていることもあり、そこは僕の憧れのひとつでもありました。
”これだけ大きな肉屋だったら何か余り物もあるかもしれない。”
店頭には割烹着を着たお姉さんが3人いました。そのうちにの一人に聞いてみました。
「あまっているものはないのよ。うちでは、みんな加工しちゃうから・・・」
「特別に安く買えるもの?店長に相談してみないとわからないわね。でも今はいないのよ。」
う~ん、ちょっと難しいみたいです。
団地のはずれに小さな商店街があり、そこにも小さな肉屋があったはずです。
いちども買い物をしたことはありませんでしたが、よく前を通っています。
ショウケースの中にはほとんど肉もなく、お店の人がいたためしがなく、当然お客さんの姿を見たこともありませんでした。
中島精肉店という看板が、とたんで囲われた店の入り口に掲げられていました。
引き戸はアルミサッシではなく、木でした。
こんにちは、ごめんください・・・何度か叫ぶように問いかけると
やっと店の奥からおじさんが出てきました。
今度はあづちが訊いてみます。
「子犬か・・5匹もいるのかよ・・」
やせて小柄な体の上にちょこんと乗った細い顔。
その額にはしわが幾筋もあり、それがさらに深く刻まれます。
「だったらすじ肉っていうのがあるからこれだけで100円でいいよ。」
「えーっ。こんなたくさん。」
驚くほどの量です。中島のおじさんは、それをドンとカウンターの上にぶちまけると、紙で手早く包み、あづちに渡してくれました。
僕はちょっと気になっておじさんに聞いてみます。
「これで商売、だいじょぶなんですか。」
「いいから気にすんなって」
「でもあまりお客さんもいないようだし・・・」
言ってからしまったと思いました。ほんと余計なお世話です。
でもなぜかこの店の不思議を明かしたくて、聞かずにはいられませんでした。
中島のおじさんはそれを聞くと豪快に笑いながら<
「うちは卸が専門だから店先にはあまり商品はないんだ。お客さんはお店の人だよ。この辺の食堂の肉はほとんどうちの肉だよ。」
そういうことか・・・
でも、たぶん、これだけの肉は100円では買えないでしょう。
おじさんは商売を抜きにして、僕らを助けてくれているのです。
「ありがとうございました。」「これから肉は全部ここで買います。」
僕らは何度も頭を下げ、肉屋をあとにしました。

僕とあづちが犬を見つけ、一組の矢島と遠藤が仲間に加わり、先生にもいろいろと相談しているうちに、僕らが犬を育てていることは、学校でもかなり知れ渡ってきました。
僕たちは森へ行く時間を削り、ほとんどの時間、建物の敷地で過ごしました。
ヤスさんも休憩の時間になると、頻繁に僕らのもとにやってきて、犬の様子を見に来ます。
だけどヤスさんのあやし方は少々手荒で、見ていてはらはらしてしまいます。
犬たちはほとんどの時間寝ているのですが、起きだしてくるとお互いじゃれあったり、けんかをしたり。そしてだんだん行動範囲も広がってきました。
今までは放し飼いでしたが、そろそろ縄をつけなくてはならない頃でしょうか。
僕らは犬が寝ている間はなるべく邪魔をせず、また新しい遊びに打ち込んでいました。
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敷地の奥には一本だけ目だって、大きなくすのきがありました。
僕らにの手の届く位置に枝はなく、上るのは無理だろうと思っていたのですが、
隣の杉の木の枝が成長を続け、そこから乗り移ることができるようになりました。
そこで、くすのきの一番下の枝に犬小屋を作った時のあまった材料で丈夫な足場を作り、
簡単に乗り移れるようにしました。
そこを足がかりに、僕らは上へ上へとこの木を征服し、新たな基地を作りつつあったのです。</p>

お盆の休みにはいり、夏休みも残り二週間になった頃、
ぼくらは矢島のお母さんの運転する車に乗り、
犬たちを連れ出して、川へやってきました。

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