Cuernavaca

神奈川県南西部 食と生活

散歩

母がまだ若いころ
僕の手を引いて
この坂を上るたび
いつもため息をついた。



坂の多い街で育った。
関東近郊の新興住宅地で幼少期を過ごした。

世の中を等しく”中流”という波が覆いはじめていた時期、
”所得倍増”などという威勢のいい合言葉が街を駆け抜けていた。
しかし市井の人々の生活レベルは今のものと比べようもないほど、質素なものだった。

欲しい物は無限にあるように思えた。
食べたくても叶わない、”憧れの食べ物”さえあった
日々新しいものが生まれる機運の中、
”限りないものそれが欲望”と歌う、長い髪に強いパーマをかけたむさい男がいた。
それは「欲望は抑えなければならない」という母の哲学と同じように真理であると思われた。
まさかそう云う欲望が枯れるほどの豊穣に満たされた社会に、今自分が生きることになるとは夢にも思わなかった。

貧しくとも、純粋な希望があった。
ヒーローはヒーローらしく、師は師らしく。
揺るぎない価値観があり、不可侵な存在をいたずらに貶めようとする邪悪な心は存在すらしなかった。
誰もが自身の仕事に誇りを持っていた。
(間違っても消防士が放火をするような、警察官が下着泥棒をするような、そんな病んだ心が引き起こす事件が、人々の哀れみの心と引き換えに許容されてしまう異常な時代ではなかった。)
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まだまだ寒い日が続きます。
「夜明け前が一番寒いのだ」と云う金言もあります。

金言と云えば、
「月日は百台の価格にして行き買う人もまた旅日となり」
などと・・・思いっきりIME任せに打ち込んでみましたが、
そういう問題ではなく、
来るべき春についてのことです。

「独楽は倒れる瞬間、最も大きく揺れる」
それに似たように
季節も終焉を迎える時には大きくその針を振るようです。
一昨日、もう梅も咲こうかと云う時節にもかかわらず
関東首都圏では最後の雪の狂宴がみられました。
私といえば、露出した両頬及び目じりあたりに厳しく切り裂く烈風を浴びながら
江ノ島界隈を流していました。

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